すべての人の瞳から、
希望があふれる医院をめざして。

【PROFILE】

高田眼科(茨城県)院長
医学博士/高田 眞智子

1990年、横浜市立大学医学部卒業。小田原市立病院、横浜市立大学医学部常勤特別診療医、恵仁会筑波中央病院眼科、東京医科大学助手を経て、2000年に医学博士学位を取得。同年12月に高田眼科を開院。2009年に『多焦点眼内レンズを用いた白内障手術』で、茨城県で初めて厚労省からの先進医療認定施設となる。
※2018年8月インタビュー

Q1眼科医になったきっかけ・想い

開院から9年で高田眼科を茨城県初の先進医療認定施設へと導いた高田氏が医師を志したのは、小学生の頃だった。
「弱った動物を拾ってきたり、おたふく風邪になった弟を夜中にタオルで冷やしたり。『治す』ということが好きだったんですね。もちろん当時は医療の知識もないですし、実際に治療できるわけではありません。でも、痛いところに手を当てて、大丈夫?って聞いてあげる。これが、すべての医療の根本なのだと思います」
研修医時代、ちょうど術式の移行期にあった白内障手術を見て、まさに、これから劇的に発展する領域だと大変魅力を感じたという。眼球、わずか25mmの、しかし複雑きわまりないこの器官から、人間は情報の80%を得ている。しかも眼科は手術で再び見えるようになる!このことが、高田氏の眼科専攻、そして開業の決断を後押しした。医院の理念は“瞳に光と希望を”。患者の瞳はもちろん、医師やスタッフも瞳に光を持って医療に従事しようとの願いを込めた。

Q2高田先生の治療へのこだわり

「新しいことが好きで、次はどうしようかな、何か工夫できないかな、といつも考えています。開業当時、茨城で初めて日帰りの白内障手術を導入しました。以降ずっと、常に最新の治療に取り組み続けています」
白内障に関しては誰の追随も許さない最新医療を提供していきたいと語る高田氏が、多焦点眼内レンズを取り入れたのは2008年。実は、自身の老眼がそのきっかけだったと言う。
「人生100年時代、50歳前に老眼になったら、人生の半分以上をメガネで過ごすことになる。ゾッとしました。通常の白内障手術は遠くか近くにピントを合わせて手術し、そのほかの距離はメガネで補います。でも多焦点レンズなら遠くも近くもメガネなしで見えるんですよ!もう夢中になって飛びつきました(笑)」さらに2018年にはフェムトセカンドレーザー白内障手術装置を導入、白内障手術の一部をレーザーに任せ、さらに安全で精確な結果を出せるようになったと高田氏は目を輝かせる。

Q3高田先生が目指す理想の眼科医・眼科施設

眼科医はドンピシャの天職。開業医にも向いていたと高田氏は振り返るが、開業当時の医師は自分一人。7名のスタッフが支えてくれたが、診察、手術、さらには病院の経営者としての仕事も抱え、毎日を必死に乗り切る数年間を経験する。そうしたがむしゃらな運営の中、自身の妊娠が発覚。「自分一人でできる治療には限界がある」。妊娠・出産を機に、高田眼科の診療体制は多くのドクターの協力を得ながら、専門医によるチーム医療へと変革していくことになった。
「当院で治せる患者さんが増えるのはやはり喜びで、今は私の白内障のほか、眼瞼下垂、網膜硝子体、緑内障と複数の専門医が在籍しています。医師同士でスキルアップできるのも、チーム医療のいいところですね」
医療技術を高め、チーム医療を実践し、県内随一の眼科となった今、高田氏が見据えるのは持続性。最先端医療を提供する医院であり続けることへの挑戦だ。
「あの先生がいなくなったからこの病気はもう診れません、というのでは、患者さんが困ってしまいます。18年間やってきて思うのは、継続が非常に重要だということ。いつでもここに来れば安心だという場所であるために、日々、研鑽していく必要があると思っています」
高田氏の瞳には、未来への確かな光が宿っている。