「現状に満足している」
そう断言できる眼科医院の
完成度と構成要素とは。

【PROFILE】

医療法人社団浩陽会 石川眼科医院(静岡県)
院長/石川浩平

医学博士/日本眼科学会認定専門医/光線力学的療法認定医/トラベクトームTrained surgeon麻酔科標榜医
1998年、岩手医科大学医学部卒業。岩手医科大学医学部麻酔科の後、名古屋大学医学部眼科に勤務。並行して名古屋大学大学院医学系研究科博士課程に進学し、2005年に細胞情報医学専攻修了、医学博士となる。2010年8月に名古屋大学医学部眼科を退職し、石川眼科医院副院長となる。2013年10月より現職。

医療法人社団浩陽会 石川眼科医院 ホームページ
http://ishikawa-ganka.or.jp/
※2018年12月インタビュー

Q1眼科医になったきっかけ・想い

石川眼科医院は静岡市の中心地で昭和36年から約60年間続く老舗眼科医院だ。現院長の石川氏は2013年に三代目を継承した。「元々は祖母が開業して、昭和53年には父が継いでいたので、眼科が家業です。実は昔は少し反発心があって、他の仕事に就きたいと考えた時期もありました。しかし結局高校3年生で受験を前にした時には、責任感からなのか、自然と医師になると決めていましたね」。
医院を継ぐまでの10年間、名古屋大学病院で眼科医としての修行を積む中で、網膜の疾患である加齢黄斑変性を専門とし、チーフまで務めた。現在の相棒、後藤氏は二人の母校である岩手医科大学病院で緑内障の専門家としてチーフを務めた医師であり、他に眼瞼下垂、小児眼科それぞれの専門医が勤務している。地域密着型の眼科医院でありながら、高い専門性を持つチームで高度な医療を提供する石川眼科医院では、近隣眼科からの高度治療やトラブル対応依頼の紹介患者も多く受け入れている。

Q2石川先生の治療へのこだわり

専門性の高さにこだわる理由を、石川氏はこう語る。「子どもの頃、父が仕事を終えて帰宅すると、元気な日としょんぼりしている日があるんです。聞くとやはり、思うような治療ができなかった日はしょんぼりしている。たとえば白内障で難しい症例の患者さんがいて、水晶体の中身を吸い取るはずが、眼の奥に落ちてしまったりすると、まさに奈落の底に水晶体が落ちていってしまうような怖さがあったと言っていました。当時は手術手技も機器も今ほど充実していなかったので尚更だったと思います。私が眼の奥の網膜を専門にしたのは、この父の言葉の影響です。難しい症例でも、たとえトラブルが起きても、最後まで自分で治療できる技術を身に付けたいと。眼科全般の一般的な治療ができて、トラブルケースにも対応できて、総合病院にも負けないレベルの高度医療を提供できる医院でありたいと、強く思っています」。
高いレベル維持のために情報収集のアンテナを張り、新しい技術や知識を習得し、自分で考えて正誤を判断する日々の鍛錬は、石川氏のみならず、他の医師や視能訓練士、全スタッフのミッションとして、実行されている。

Q3石川先生が目指す理想の眼科医・眼科施設

眼科疾患の広範囲を高い専門性で網羅する先進的かつ高度な医療機関であり、子どもから高齢者まで地域住民が通う街の眼科でもある石川眼科医院。ここには、約40人のスタッフそれぞれが重要なピースとして自立し、集合することで完成されたパズルのような、安心感と安定感がある。
「先日の忘年会でみんなに、実は私は今の医院に満足しているという話をしました。真面目で気の合う人たちが定着して、たとえば産休に入っても育休後に戻ってきてくれる。医師や看護師だけでなく、どの部署でも全員が一生懸命フル稼働して、定時でスパッと終わって帰る。高いレベルの医療を維持するためにみんなで情報収集して、新しい技術を勉強する。すべてが重要なピースとなって、当院というチームを作り上げているのだと思います」。
石川氏が家業に戻って8年。理想のパズルが完成した現在ではあるが、その最適化された状態を保つためには、現状維持ではなく進化し続けることが重要なのだと言う。「医院の次のステップとして、大学の医局のように、互いの専門を超えてディスカッションしたり、勉強したりできる場所を作りたいんです。傍らで、コーヒーの香りが漂うような環境が理想ですね」
石川氏は、外から見れば崇高な、しかし当人にとっては等身大の理想像を、完成度の高いパズルの進化系として思い描いているようだ。