数十年後に責任を持てる、
医療の地産地消という考え方。

【PROFILE】

山王台病院付属 眼科・内科クリニック(茨城県)院長/栗原勇大

2003年、筑波大学医学部卒業。筑波大学附属病院眼科に入局し、筑波大学眼科、土浦協同病院眼科勤務を経て、2010年より現職。網膜硝子体手術や緑内障を専門とし、山王台病院以外にも県内外7施設で非常勤医師として手術を担当。年間の手術数は3500件を超える。低侵襲緑内障手術や新型の緑内障レーザー治療器を日本で初導入し、近年は様々な講演会や勉強会での講師も務める。
※2018年11月インタビュー

Q1眼科医になったきっかけ・想い

「実家は工場を経営していて、医者家系ではありません。高校が進学校で、医学部を目指す同級生が多かったので、流されて(笑)。でも、流されてよかったです。医師のやりがいは、毎日たくさんの方からありがとうございますとお礼をいただけることでしょうか」。多くの患者から親しまれる医師らしい笑顔で穏やかに語る栗原氏。意外にも、この柔和さは医師になって以降の変化だと言う。
「大学時代は、ほとんど学校に行きませんでした。正直、学問や仕事に対する熱意もなくて。だから反省文ばかり書いていましたね。眼科に決めたのは、病院実習で各科を回る中で、仲のいい先輩がすごく楽しそうだったからです。私の不真面目さは同級生から注意されるほどでしたが、病院に入った4月にその先輩から、ある程度はちゃんとやろうぜって言われたんですよね。それがスイッチでした。ちゃんと医師として生きていく方向に矯正されて、気づいたら性格が変わっていました。学生時代の友人に会うと、お前どうしたんだ?って驚かれますよ」。

Q2栗原先生の治療へのこだわり

「白内障の早期手術には、私はとても否定的です。同じ年齢でも人によって手術に適正な時期は違う。年をとれば体型が変わるように、眼球の形も変わります。今視力が良くなっても、10年後も同じでいられるとは限らない。患者さんが手術を受けたいと言っても、まだ早いとお断りすることも多々あります。患者さんは専門家ではありませんからね。手術は、どうしても不自由で必要になってからでいいのです」。
網膜剥離や眼底出血、緑内障など失明に至る疾患を専門とする栗原氏は、白内障手術の手法にも独自のスタンスを貫く。「白内障手術で重要なのは、レンズそのものと、レンズを収める袋の透明度です。そういう意味で当院で使用しているレースカットで一枚一枚削り出されて作られるタイプの眼内レンズは、長期的に透明度が優れていることと、構造上も袋の濁りを抑制するため非常に評価が高い。そして当院では術中に、一般的には後面しか磨かれない袋の前面も必ず磨きます。そうすることで、例えば60歳で白内障手術をした人が80歳で眼底出血を起こした時、治療にすごく有利になりますから」。白内障だけ、今の視力回復だけのためならば不要な時間と手間を、患者の10年後、20年後のために必須とする方針は、栗原氏の専門性と医療姿勢の表れだろう。

Q3栗原先生が目指す理想の眼科医・眼科施設

硝子体手術や緑内障手術など、重篤な疾患に対する手術を年に数百件と行っている施設は、山王台病院や大学病院など茨城県内には4箇所しかない。だからこそ、患者が納得して医療を受けられるよう、手術の必要性やデメリットの説明に時間をかけている。そして、重症患者を治療した後は、紹介元の眼科に戻るように勧めているという。「当院での手術を希望して遠方からも多くの方が来院されますが、今後も見てもらいやすい近くの病院で手術を受けるべきだとご説明して、よほど重症でなければ当院での手術はお断りしています。ちゃんと通ってくれないと術後の経過も見られないし、10年後に責任を持つことができない。手術だけじゃなく、患者さんの人生に責任を持ちたいんです」。
近隣の眼科医を集めて勉強会を主催し、紹介元となる地域の眼科との見解の統一に努めるなど、栗原氏の責任の持ち方は徹底している。
「地域医療ってつまり、自分の身近な人を治す、守ること。医療の地産地消というか、それが望ましい姿だと思うんです。だから地域全体の医療レベル向上を支援して、この地域で失明される方はゼロにしたいですね」。優しい眼差しで医師としての使命感とその実践を語る栗原氏に、不真面目だった学生時代の面影はない。