誇りたいのは、
最新設備や技術より、
患者のニーズに寄り添う心。

【PROFILE】

医療法人REC名古屋アイクリニック(愛知県)
院長/中村友昭

1988年、宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)卒業。中京病院眼科医長を経て、1999年1月に中部地区で初めてレーシックを手がける。2001年4月、リフラクティブアイクリニック(現名古屋アイクリニック)を開院。日本白内障屈折矯正手術学会の理事を勤め、また日本眼科学会指定の屈折矯正手術講習会講師でもあり、国内外で広く認知されている屈折矯正手術の第一人者。ベストドクターズ社より「Best Doctors in Japan 2018-2019」に選出されている。

医療法人REC 名古屋アイクリニック ホームページ
https://www.lasik.jp/
※2018年12月インタビュー

Q1眼科医になったきっかけ・想い

物心ついた頃から医師になりたかったという中村氏。医師家系ではないが、10歳上の兄に続き、自身も医師を志した。「小学校低学年から医師になりたいと思っていました。ブラックジャックのような外科医に憧れていて、文集にも書いてあるし、父には医者兼レーサーになると言っていたそうです。レーサーにはなれなかったですが、車は今も好きですよ」。
研修先の病院で、当時新進気鋭の眼科医として先端技術を取り入れていた現在の師匠と出会う。その影響で眼科を専攻した中村氏は、イノベーティブな眼科医療に魅了されていった。「私の専門の屈折矯正でも白内障手術でもある種のレーザー機器を使いますが、そのレーザーの根本原理を開発したフランスの先生が、2018年度のノーベル物理学賞を受賞されました。iPS細胞で網膜を生成して、最初に治療に応用したのも眼科です。眼科では、こうしたノーベル賞クラスの世界的な研究によって、治療にイノベーションが起こる。先端技術が最初に使われる分野ですし、科学技術がギュッと凝縮されていることも眼科の魅力ですね」。

Q2中村先生の治療へのこだわり

様々な技術革新によるイノベーションの中でも、白内障手術の進化は劇的だ。古くは、白濁した水晶体を取り除くだけで、視力は分厚い眼鏡に頼っていた時代もある。そこから、眼内レンズが生まれて視力を回復できるようになり、超音波の応用により傷口は小さく、手術時間も短縮された。今では、光学技術の進化により精度を高めた多焦点(遠近両用)眼内レンズの登場などにより患者さんの選択肢は拡がり、長期的な視力維持も可能となっている。しかしもちろん、こうした治療を実現しているのは、科学技術の力だけではない。
「白内障手術で使う超音波の機械にはブレーキとアクセルがあって、手では顕微鏡を操作します。手術中に両手両足をバラバラに動かすのは、車の運転と似ていますね。四肢それぞれで精密機械を操作して正確性とスピードを追うので、まるでF1のようです。現在は、片目の手術時間がおよそ5,6分にまで縮まっています。私が手術している間に周りのスタッフが次の患者さんの準備をしてくれるので、ちょうどF1でレーサーがピットインするように間髪無くスパッと次の手術に向かうこともできる。小さい頃に抱いたレーサーへの想いも少し達成された感じです(笑)」。

Q3中村先生が目指す理想の眼科医・眼科施設

名古屋アイクリニックは最先端の技術を要するレーシック専門医院としてスタートした。白内障から高度治療まで手がける今も、患者と対話しながら治療を進める同院のスタイルは変わらない。「治療の結果を上げるためには、医院全体で患者さんとの対話を重ねることが重要です。当院は検査スタッフやナース、受付といった職種に加え、ニーズをしっかり聴くためのカウンセラーもいます。医師だけでなく、全員がチームとして患者さんに寄り添っていく。どの役割も、患者さんと親身になって向き合える人でないと務まりません」。
国内で3台のみの希少な機械も導入するなど、常に最高の設備を整え、他の眼科施設からの患者紹介も多い同院。「どんな患者さんにも、ここに来て良かったと思っていただきたい」と語る中村氏が、歩みを止めることはない。一人ひとりの患者に寄り添い、丁寧に対話を重ねる。そしてあらゆるニーズを実現するために、最高の設備と技術を追い求めていく。このスタイルの徹底が、中村氏の医療を高みへと押し上げているのだろう。